変な名前の写真家 森星象と行く冬の遠足。徳島県手すき和紙工場。

またもや「変な名前の写真家 森星象」の強引な誘い。
今回は徳島県吉野川市にある、アワガミファクトリーさんへ阿波和紙製造の視察と、写真用印刷として開発された和紙の説明そして実際にプリントする技術のレクチャーを受けに行ってきました。

参加メンバーは、これまた「変な名前の写真家 森星象」が勝手に選んだ2名。一人はぼくで、もう一人は主婦です。
そう、年末でめちゃくちゃ仕事が忙しいちゅうねん!が1名、家に小さい子どもがおるっちゅうねん!が1名、の2名。

目次

アワガミファクトリー

アワガミファクトリーさんについては、公式サイトこちらに立派なウェブサイトがございます。今回、ぼく以外は初めての訪問です。実を言うとぼくは10年前ぐらいに見つけて以来、ちょくちょく立ち寄っていました。今回で10回目ぐらいだと思います。以前から和紙に写真をプリントすることに興味を持っていて、四国への出張の帰りに寄っては、和紙を買って帰ってプリントして遊んでいました。そう、ただの遊びです。

ですが今回は、変な名前の写真家がマジで和紙プリントをやりたい!そして、それを一緒にやろうぜということなのですが・・・・・、「YES!」と返事したら終わりなので、とりあえず今回は運転手で来ました。

和紙のプリント授業 1時間目

アワガミファクトリー

今回、和紙について講義してくれたのはアワガミファクトリーの田中さん。和紙の性質、インクジェットペーパーとしての和紙に求めたものなどをレクチャーいただきました。

実際の和紙見本を見ながら、和紙だから出せる写真の良さについて説明を受ける変な名前の写真家 森星象。普段は講師としての森星象が、今回は受講生。反対の立場でしたが、なかなか厳しい質問を続けていました。そばで見ているぼくは・・・「そんなの、大した違いか?」と意味不明な自問自答を繰り返す無礼者。

アワガミファクトリーでプリントして実際に展示された写真展の様子の解説を聞く変な名前の写真家 森星象。このとき既に東京銀座の某有名ギャラリーでの展示を目論んでいました。

和紙のようなアート紙に余白なしでプリントする方法を聞いています。
いやいや、家のプリンターでは無理ですから。まずは超大きなプリンターを買わないとだめです。ですが、変な名前の写真家 森星象は、きっとやると思います。目つきが完全に「やる」になっていました。それは自分だけでやってほしい、お願いだから誘わないで・・・

和紙のプリント授業 2時間目

2時間目は、いっそう専門的な内容となります。ここは森星象にみっちり学んでもらいたいので、ぼくは辞退。ですがブログネタとして森星象の取材が必要なので、もう一人の主婦の方とラボにとどまりました。

変な名前の写真家が、世界的写真家となることになった代表作を、まずはPCでマネジメント。そしてプリンターへ出力します。危険なぐらいテンションMAX中です。

仕上がったプリントを、すみずみまで確認中。
「森くん、メガネ外さないと見えなくなったのね・・・。ぼくと一緒だよ。」そうなぐさめたくなりました。

こだわりにこだわって、今度は違う和紙でプリントしてみることに。設定もぜんぶ紙ごとに変更します。

自分でプリントしていて、いちばんワクワクする瞬間です。自分のマネジメントがどう反映された結果になって現れるか。

出力終了。先ほどとは使った和紙の種類も、設定も異なります。今回の方が生々しさが表現できているような気がしました。これが森星象が世界的写真家と評価を受けた写真です。ぼくはこの同じ写真の森プリントバージョンを所有していますが、ぜんぜん違った印象を受ける仕上がりになっていました。これは面白い!

次は女性のポートレート写真。マネジメント中。

仕上がった作品を見ながら検証中。

さらに山で撮影した写真もプリント。指し示した部分の仕上がりにちょっと難色。ですがアワガミファクトリーの和紙には時間とともに表現が豊かになっていくという特徴があります。実際に時間が経てば黒つぶれに思えた部分に、ちゃんと立体感や細かな描写が現れてきました。

これが最後のプリント。女性ダンサーの写真でした。ぼく的には、ダンサーの服の白さの表現がキレイだと思いました。

ぜんぶで6枚のプリントをした森星象。かなりご満悦でした。
午後1時から始まって、1時間目・2時間目ともに1時間づつの予定だったのですが、かなりオーバーしていました。にも関わらず、アワガミファクトリーの講師の皆さん、最後までニコニコ顔でお付き合いくださいました。感謝申し上げます。

終わってみて

スマホやタブレット、そしてLINEのようなコミュニケーションツールが普及したことで、写真もテキストも紙にプリントするということ自体が、一部の職業や趣味の世界以外では少数派になっているような気がします。反面、少数派でもアートの世界での紙を用いた表現は、写真プリント以外の絵画や立体造形も含めて深くて面白いもので、今回訪れたアワガミファクトリーさんでも、日々新しい和紙が研究・開発され、ファンが増え続けています。

紙には触れたときに得られる感触があります。もちろんスマホの画面にも触れることができる訳ですが、ディスプレイの表面とは違って紙には数え切れないぐらいの種類がありそれぞれ異なる表情と触れた感触を持ってます。そしてどことなく温かみを感じる。今回も売店に見本として置いてある和紙についつい触れてしまいました。これは繊維の生地でも同じで、ユニクロに行った時に、前にいちど触ってじゅうぶん理解しているフリース素材を指で触ったり手のひらで撫でている人がどれだけ多いことか。

ディスプレイについては、人類は19世紀に映画を、20世紀半ばにはテレビを見はじめています。確かに紙への印刷の歴史は2世紀に起こり15世紀のグーテンゲルグ印刷機で大変革を迎え今に至るという人類史と共に歩んだ長い歴史がありますが、現在生きている我々の大半は生まれたときからディスプレイがあったので、親しんできたには違いないと思うのです。だからディスプレイに現れるアイドルやアニメのキャラクターに気持ちを高揚させることができるし、ゲームしてるとまわりが見えなくなるぐらいに没頭する。これは紙だと絵本やマンガ雑誌でも同じです。なので、どちらが「見る」に対して、より正しいかという判断はできないはずですし、事実として写真のプリントにおいても、最終的には紙で見る場合でも、撮る前の構図や撮影結果、そしてプリントするまでのマネジメント部分はディスプレイでないとできません。だからどっちが正しいではなく、創る側の表現方法の違いだけだと思うのです。

長々と書きましたが、ぼくが思うにはいづれにしてもモノを創るということ自体が本来楽しい作業なのだと思います。今回は写真プリントの講習だったので、紙とディスプレイについてでしたが、これは家庭菜園でも自社商品を売るためのマーケットづくりでも同じで、創る側の捉え方、取り組み方で、成果の生まれるまでの課程の楽しみに違いが生じますし、最終的な成果・結果への満足感も違ってくると思うのです。

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