はたらくということについて 2

時間 働く

前回の「はたらくということについて

ぼくとしては、けっこう軽い気持ちで書いた記事だったのですが、なぜか評判が良く、あちこちから感想をいただきました。アクセスも公開直後としては過去いちばんでした。

ありがとうございます。

ばくがドラッカーを好きになった理由

前回、Peter F. Druckerの著書からたくさんの言葉を引用しました。

あまりにも有名な言葉ばかりなのですが、ぼく自信がドラッカーを知ったのは、ネットの情報ではなく、本屋さんの本棚です。なので予備知識・先入観とも全くない突然の出会いでした。

年齢的には厄年の頃でしたから、今から15年ぐらい前です。

仕事的には絶好調、まわりから羨ましがられるぐらいでした。
ですが、いつも頭にあったのが、

「これって、いつまでも続かないよな。」

それまでも長年、販売という仕事をしてきた経験で、「良いのは一時だけ、あとはまた長い我慢」こんな確信めいた思い込みがあった上に、既に2年もの長い間、同じ商品、同じスタイルで売れ続けていることに恐怖を感じていました。

過去記事参照「ゲルマニウム、ホントは、こういうことなんです。

Jewelry
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抱いた変な疑問

もともと、物事が「なぜそうなるのか?」を考える変なクセがあります。
・なぜこの事業をはじめた?
・なぜ商品が爆発的に売れた?
・なぜ寝る間もない生活になったのか?
・お金が儲かるって意味があることなのか?
・幸せって何?

大まかですが、いつも考えていました。

その中で早い時期に気づいたのは、不自由のない程のお金があることと、幸せには、あまり関係がないということです。

これに気づけたのは、ぼくがドラッカー以前に、神道と仏道を二十歳代後半から学んでいたおかげだと思います。これについては、また別の機会にしたいと思いますが、もし神仏とのつながりが無かったとしたら、ぼくみたいな人間は、救いようのないアホになっていたに違いありません。

何故か手にとった一冊の本

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上の疑問をいつも考えながら、仕事して、ウロウロして、夢の中でも考えて、そんな悶々とした日々を送ってる時、立ち寄った本屋さんで出会ったのが、ドラッカーの「マネジメント」という本でした。
やたら分厚くて、それが全4巻もあって、一冊2,000円以上と金額も高く、普通なら「こんなの読むのは変なやつ」としか思えない本です。

もう一度書きますが、ドラッカーという人、マネジメントという言葉、この時点ではどちらも全く予備知識などありませんでした。

本の背のデザインが気になったのか、タイトルなのか、それは覚えていませんが1973年初版から30年以上経った頃に手に取り、パラパラと立ち読みしていると、ところどころ「あれっ?」と目が止まる部分がある。

Reading
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たとえば、第1巻の冒頭「はじめに」

権威への反逆を唱え、「誰もが思いのままにふるまうべきだ」と宣言するのが当世風のようである。そうであるなら、正直なところ、本書はおよそ時流に合わないだろう。権利には触れず、責任の大切さを訴えているからだ。思いのままにふるまうことなく、成果をあげることを重視しているのである。

マネジメント 務め、責任。実践1 Peter F. Drucker

これが初版から50年(初版1973年-現在2020年)にもなろうとしている本の書き出しです。

それがここ数年「好きなことだけやろう、仕事にしよう」とYouTubeやtwitterなどSNSの投稿で訴える人の多さには驚きます。またそういった人の中には非常に人気の高い人もいて、メディアにもひっぱりだこです。

ところが、それらの人とこのドラッカーの言葉は真逆であり、下手をするとブラック体質と言われかねない部分があります。

「権利には触れず、責任の大切さを訴える」
「思いのままふるまうことなく、成果をあげることを重視している」

どうでしょう、ここだけを読んで上っ面だけで解釈してしまえば、まるでノルマ至上主義の営業職に向けた気合を入れるためのような言葉です。

とにかく「???」、謎だらけの文章。

でも全4巻にも及ぶ膨大なページには、きっと何か発見できるものがあるはずと信じ切って読み進めます。

すると

マネジメントの第三の務めは、社会への影響や社会的責任への対処である。組織はみな、単独では存在できず、自身を目的としているわけではない。どの組織もすべて社会の一部をなし、社会のために存在している。企業も例外ではない。企業にとって好ましいというだけで、自由企業を認めるわけにはいかない。社会にとって好ましい存在であって初めて、正当化されるのだ。

マネジメント 務め、責任。実践1 Peter F. Drucker

この文章に引っかかりました。
「どの組織も社会の一部、社会のために存在している」
「企業にとって好ましいというだけで、自由企業を認めるわけにはいかない。社会にとって好ましい存在であって初めて、正当化される」

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自由企業、これは極端な言い方だと「好き勝手に、自分の利益だけを考えている組織・企業」だと思うのです。わかりやすい例では”オレオレ詐欺”。これ社会のためには存在していませんよね。自分たちの金銭的儲けだけのために存在しています。よって認めるわけにはいきません。

では「社会にとって好ましい存在」とは?

これを考えると、上の方に書いた「抱いた変な疑問」のうち
・なぜこの事業をはじめた?
・なぜ商品が爆発的に売れた?
この2つについて答えが見つかりました。

ぼくにとっての当時の事業は、楽天市場に出店して販売していた「ゲルマニウム」健康グッズ。これを販売する以前は、まったく違った商売をしていたので、何らかの理由があったから、始めたわけです。

もともとは、売るつもりはなく、自分が酷い肩コリと頭痛に毎日悩まされて居たのを何とか治したかったところへ、ゲルマニウムというのが効果があると知ったことではじまりました。
試しにと自分用に作ったゲルマニウムグッズが、あまりにも効果があったので、家族や友人にプレゼントしてるうちに、大量に欲しいという人が現れて事業になりました。
事業にするなら、もっと高品質で出来るだけ安く販売したかったので、自社でオリジナルに製品化し、メーカーとしての立場になり、これが大きく成長することになりました。

よって「なぜ事業をはじめたのか?」は、自分の肩コリだけでなく、多くの人の肩コリも治ってほしいという強い思いです。もちろんメーカーとしての立場や責任、リスクは大きいですから最終的な儲けはきっちり計算しています。それらを対処しながら、安心して取引してもらえるよう尽力したつもりです。

この理由は「なぜ商品が爆発的に売れたか?」にも一部では関係していると思われます。ただ「売れる」という部分には特にネット販売ではマーケティングの要素が色濃いので、この件につきましては、また別で書きたいと思いますが、「多くの人の肩コリも治ってほしいという強い思い 」は、そのままコンテンツとして成立し、それが多くの顧客に伝わったことで事業が成立したと言えると思います。

社会にとって好ましい存在

”好ましい存在という評価は自分が行うものではなく、顧客からいただくもの。”

こういう答えに行き着きます。
最近よく聞く「共感ビジネス」もこういった要素があると思います。また企業が経済活動を目的とするうえで、この「好ましい」評価は数多くなければならないのは明らかで、そのための「どうすれば?」を解決するための一つがマーケティングだと考えています。

そしてこれがドラッカーの有名な言葉「企業の目的は顧客の創造である」になるわけです。

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ドラッカーが本を書いた1970年頃と、ITやらAiやらと騒がしい現代では、スピートや言葉の持つ意味が変わってきていますが、大きな流れとして見るならば、まだまだドラッカーの本も色褪せてないと思います。