田舎への移住と仕事について話そう。

淡路島 淡路島

政府が”地方創生”を叫んで久しいのですが、それ以前から都会から田舎への移住は、少しずつ話題になっていました。

これから書く話は、あくまでぼく自身の話です。誰もが当てはまるわけではありません。

淡路島への移住のきっかけ

移住したのは2016年、54歳のときでした。当時のぼくの仕事は、このブログの過去記事にも書きましたが、一時は日本中を大ブームに巻き込んだ「ゲルマニウム」という金属を使ったアクセサーの製造から販売までをしていました。ブームの渦中にあるときは、寝る間も無いほど忙しかったのですが、さすがに10年以上経つとブームは完全に終わり、一人でゆったりやってれば、ぼちぼち生きていける状態。それはそれで有り難いことなのですが、どうも性分として忙しくないとダメだということと、嫁さんとの生活も30年を迎えるようになると、お互いがその生活に飽きてしまい、ちょっとギスギスした日々になっていました。

時間もけっこうあるし、と言うか正直ヒマしてたので常にネット見ながら「なにか面白そうな仕事ないかなあ・・・」とウロウロしてたときに見つけたのが、国の地方創生事業の制度としての「地域おこし協力隊」です。

どんな物かざっくり説明すると、「都会から田舎に最大3年移住して、役所の管理と指導のもと、地域に入って役に立ちなさい。給料と家は付いてます。」ということ(ずいぶんざっくりです)。

ただ、表向きは無かったですが、このシステムに参加するのは基本的には若い人だと思います。少々無茶な言い方かも知れませんが、若くて、移住先で結婚して、子供が作れる。ぼくには全てできないことばかりですが、田舎の移住者への手厚い補助を見てると、そんな気がします。

仕事上でのぼくは、結局このシステムの意味なんて全く理解しないで応募して、即採用、嫁さんと親には事後報告。誰も「なんで!」なんて言わず「良かったやん!」って、結構ジャマな存在だと思われてたようです。反対に、その方が都合が良かったです。採用してくれた南あわじ市は、おっさんに対して優しいようです。

採用が決まって、一週間後に淡路島へ移住しました。

田舎は食費がメチャ激安!

福良湾

借りた家は、窓から石投げたら海に届くぐらいの場所でした。

淡路手延素麺

自炊は人生初!地場産業に素麺作りがあり、製麺所に挨拶に行った時に試食用としていただいて食べていました。食材はすべて地場モノ。上の写真だと「ちりめんじゃこ」は家のスグ前で干してたのをいただき、緑のは「しその葉」で、これも農家さんにいただき、茶色いのは「味噌」で、これも作ってる人からいただきました。

よってタダです!

ぼくは都会でしか生活した経験がなかったので田舎は未知の世界だったのですが、食費に関しては地元の生産者さんと友達になれば、ほとんどかかりません。かからないどころか「一人生活ですから!」って何度言っても「持って帰って!」と、タマネギを大きなダンボール箱一杯とか、レタスを10個とか無理矢理持って帰らされるので、野菜は常に在庫過剰でした。

夕飯は毎日レタス一個で一週間連続なんて記録もあります。

さすがに痩せて、体重74キロが半年で63キロ。これはガリガリです。「病気?」って何度言われたか。いたって健康でした。そして血圧は180だったのが120まで一気に下がりました。

ですが生産者さんと親しくならなかったら、食費は都会ぐらしと同じになります。それは「イオン」や「マルナカ」と言ったどこにでもあるスーパーマーケットで買い物することになるからです。

あと外食できる店が限られるために、外食費もあまりかかりません。とくに夜は店じまいが早いので、ぼくの場合は3年住んで夕飯の外食は殆どありませんでした。

田舎暮らしの家計収支

給料は手取りで15万円でした。54歳会社経営者としてはかなり低い所得。だた、家賃、保険、年金、税金、すべて引かれたあとの15万円なので、生活そのものは成り立ちます。ここから西宮の嫁さんに半分以上を仕送りして、残りから水道料金、ガス料金、電気料金を払い、食費は1日3食で500円、田舎暮らしはクルマが必須なのでガソリン料金が月15000円ぐらい。スマホ料金が格安SIMなので月1000円程度。たまに西宮に帰る交通費でだいたい残金0円という感じでした。
この中でいつも計算が立たなかったのが「ガス料金」。田舎はプロパンガスです。オマケに淡路「島」ですから、永遠に都市ガスに変わることはありません。ガス料金は夏で5000円、冬で10000円。かなり高いです。西宮の家は都市ガスなので料金を比較したら2倍以上の差がありました。
それに反してやけに安かったのが電気料金。夏と冬、エアコン入れまくる時期は3000円ぐらい、春夏のエアコン使わない時期はなんと1000円切ることもありました。

ギリギリですが生活はできました。でも貯金はまったくできません。

「地域おこし協力隊」は安月給だという記事をネットでもみますが、ぼくみたいな仕送りが無い独身者なら、十分小遣いもあるはず。よく出張で地場野菜を都会へ販売に行きましたが、出張の経費はもちろん出してもらえます。

マルシェ

田舎の仕事

基本、田舎の仕事って農家か漁師が多いです。農協や役所の勤めもあるけど、ほとんど生産者。カフェ含めた飲食関係とかホテル的なやつの経営はかなり少数派。

野口ファーム

多くの移住者は、農業したいとかカフェしたいとか、のんびり田舎生活しながらどこかに勤めたいだと思います。この点でぼくは何でもよかった。ただ54歳ということで農業とか漁業にもある肉体労働的な仕事だけは無理で、他なら「何でもしまっせ」でした。

寺千代水産 3年とらふぐ養殖

ですが、役所に出勤して一ヶ月ほど経ったころに「ちょっと来て」とお偉いさんに呼び出され、それ以来、仕事で「何すればいいの?」と考えることは一度もないぐらいに忙しい日々でした。本来の仕事は自分が将来そこに定住して起業する準備みたいなものらしいのですが、ぼくは完全に役所の仕事でした。でもこれが、どちらかと言うと一般企業のやるような事業だったので、面白くてついに3年やり通しました。

田舎で起業する方法

そんなの、やり方いっぱいあります。

結果としては「地域おこし協力隊」としてのぼくは全国的にも特例中の特例だったらしく、もしも点数つけたら落第だと思います。それの持つ本来の意味さえ今もさっぱりわかりません。定義みたいなのが一応あるらしいのですが、ああいうのはどうでもいい。仕事には関係ないのです。というか、ちゃんと起業に向いた仕事をしていたら、絶対に違反行為はないはずです。

問題は人間関係。アドラー心理学じゃないけど、人間関係で世の中はガラッと好転します。自分が本気で起業したいなら、それには必ず誰かの手助けが必要です。だったら全てが向かいたい方に向いて進むように、人を人として付き合いをするほうが得です。よく「公務員が!」とか「政治家なんて!」とか言う人がいますが、こんな話題に参加する必要はないですし、自分の仕事にも関係ないです。役所の人と付き合う上でのヒントは、ちゃんとエビデンスを示せば話は通じるということです。エビデンスもなく、自我で説得しようとすればするほど人は離れ、本当の意味での良き協力者はいなくなります。

森崎製麺所

ちょっと期待した内容の話にはなっていないかも知れません。じゃあ何を起業すれば良いのか?

田舎でないと出来ない農業や漁業、畜産がしたいなら、師匠になってくれる人は山ほどいます。役所に行けば、何かアドバイスも貰えるでしょうし、場合によっては紹介もしてもらえるはずです。こういった事業には資金繰りも大変なので、本当に真剣に企業を考えるなら補助金の話を聞いてみるのもアリだと思います。

ただぼくの考えとして、補助金はクセになる場合があって、補助金があるからやる、みたいなめちゃくちゃな人は、結果的に何も成果を得ることはないと思います。ビジネスは手持ちでなんとかやることを考えるのが楽しいのです。お金も「貸してくれ」じゃなく、実績積んで圧倒的な力をつけて「使ってください」「あなたに投資したい」と言ってもらえるようになるよう頑張る方が人生は充実感に溢れるはずです。

では、実際に何を仕事にするのか?何も田舎でしか出来ない仕事を田舎でする・・・それ自体がもう考えとして古い。古すぎる。いまやインターネットさえあれば、いくらでも、場所を問わずに仕事ができます。それを考えたら田舎でできることと都会でできることには、そんなに違いは無いように思います。

実際ぼくがそうで、西宮にいても、渋谷にいても、淡路島の真ん中にいても、インフラからくる多少の不便の差はあっても、普段していることの大半は、どこでもできます。だったら、生活コストの安い田舎で生活しながらITの関連した仕事するもわるくない話です。そんな人、もうすでに世の中にいっぱい発生しています。ぼく自身もその一人ですから。

あとがき

今回の移住や仕事というテーマについては、今後も書きたいと思います。ぼくにとっての都会が便利なところは、医療が周りにいくらでもあって、大好きなスタバも店を選ぶほどの出店量、そして通信インフラがバッチリというところ。反対に田舎の好きなところは、人口密度が低いこと、生活費があまりかからないところです。ただ人口密度が低いことは人と人とが密接に付き合うことに繋がるために相当面倒です。まあ、これも考え方一つでどうにでもなると言えば、なります。